rendezvous


鋼の剣と、鋼の拳が交錯する。
二人の魔力がせめぎ合うなか、スバルの拳は、いまだシグナムには届かない。
悔しげに顔を歪め、一度距離を取り、体勢を整えるためにフォワード陣が自然と再集結する。

シグナムとシャッハは互い並び立ち、周囲を見渡す。そして一度だけお互いの姿を確認すると、視線をスバル達に戻した。

彼女らと対峙するは、新人のフォワード達、そして最近機動六課に出向となったギンガ。
いま行われているのは、対シグナム・シャッハとの模擬戦である。
彼我兵力差は倍以上、スバルたちは数の上では有利とはいえ、互角以上に渡り合うシグナムとシャッハ…、いや、押されているのは逆にスバルたちの方だろう。
そんな思いを見透かされたのか、シグナムがフォワード陣たちに声を掛ける。
「どうした?もうお仕舞いか?」
その声に乱れはなく、まだまだ表情には余裕が見て取れる。

シグナムの教導はどちらかといえば、教えるといった類ではない。
より実践に近い状況を再現し、その中で自ずから求めるものを得よというスタイルだ。
だが、真の経験を得ることができるのは実践に他ならないという考えは理に適っており、フォワード陣も日頃の教導で得た技術を存分に発揮できる機会として、シグナムとの模擬戦は楽しみにしている向きもある。

しかし、常と違い、今はシグナムのみならずシスター・シャッハが共にいる。

過去に剣を交えた二人は、その力を認め合う仲と聞いてはいた。不動にして、襲いかかるもの全てを打ち砕くシグナム、対して素早い動きで敵を攪乱しつつ己の得物の範囲に敵を巻き込むシャッハの戦法は、形は違えど、それぞれ比肩しうる実力の持ち主であることは、模擬戦開始から数分しか経っていない間でも、十分に理解ができる。むしろ、お互いが、その隙を埋めるかのような連携はそれぞれを補う半身のようにも。

ティアナは念話で皆に問う。
(二人を分散させないと歯が立たないわね…。エリオ、キャロ、シグナム副隊長の足止め、お願いできる?)
(はい!)
エリオとキャロは同時に応える。
(ギンガさんもお願いします。)
(ええ、わかったわ。)
キャロは戦闘に不向きゆえ、シグナム一人にエリオ一人では荷が勝ちすぎると判断したティアナは、ギンガをシグナムに当てることにした。
一時的に戦力を分散することになるが、シグナムを僅かでも足止めさえ出来れば、その後、戦力をシャッハに集中することもできる。
シグナムの戦力はすでに幾分か判明しており、対して初戦のシャッハの戦力は未知数。
ならば、行動を把握できるシグナムを足止めし、ほんの数秒得られるであろうその隙に賭けるしかない。

「アルケミックチェーン!」
以前ガジェットに使用したときとは異なる、細身の鎖が魔法陣から現出する。
拘束力よりもまず、シグナムを拿捕することに重きを置いたアルケミックチェーンのバリエーション。
うねりをあげる龍の如く、シグナムを追う鎖。網目の体をなし、八方からシグナムに襲いかかる。
たまらず回避をとるシグナムがシャッハと離れた。

ティアナはその隙を逃さない。
すでに練っていた魔力を即座に魔力球に換えて、シャッハを狙う。
案の定、その素早さゆえに捕らえることは叶わないが、それは想定していたこと。

ティアナはシューターを撃ち漏らしたように見せつつ、周到にシャッハの周囲に魔力を散らせていた。
視認するも困難な程に微細な魔力の霧をシャッハに追従させる。
実としての魔力球と、虚の魔力散布を兼ねつつ、徐々にその包囲網を狭め、シャッハを追い込んでゆく。
シャッハの様子を見る限りでは、まだティアナの意図は悟られてはいまい。

スバルが仕掛ける。阿吽の呼吸でスバルもティアナの意図を悟っている。
ウィングロード!」
思考トリガによって、マッハキャリバーはスバルの意図を読み取り、シャッハに向かって道を拓く。
絶妙のタイミングで、スバルがシャッハに向かって突進する。
改良を加えたマッハキャリバーとスバルのシンクロ特性は今や極限までハーモナイズされており、反応遅延は皆無に等しい。
もはや、スバルの身体の一部とも言えるマッハキャリバーとの連携は、直線移動ならば、今やフェイトの速度に匹敵する。

「ここっ!」
ティアナの合図と共に、回避をしようとしたシャッハの周囲に光球が収束を始める。
見よう見真似ではあるが、それはなのはのスターライトブレイカーにも似た魔力の収束であった。
シャッハの周囲に追従させていた魔力が塊となって、幾十の脅威としてシャッハを囲む。
それは、まるで光の牢獄のようにシャッハを包囲していた。どれも一触即発のポテンシャルを秘めている。
そして眼前にはスバルが迫る。一撃必倒の機を逃さぬために。

「ディバイーンッ!」
逃げ場は、ない。スバルは確信する。

「バスタァーッ!」
仄かに蒼い輝きが拳に宿ったそのとき、スバルはシャッハと視線を交わした。
スバルはその表情を見て驚愕する。そう、彼女が「笑って」いたのだ。
それは追い詰められた者の表情ではない、切り札を切る者のそれである。
その意味に気づき戦慄しつつも、すでに発動しているディバインバスターを止める術はもはや、ない。

魔法発動時から刹那、術者の隙は極大となる。
すでに発動に入った魔法はそのシークエンスを一度完了させるまで停止させることは不可能だからだ。
ましてや、ディバインバスターのような大技はことのほか隙が大きい。ゆえにその使いどころが限られるのだが。
スバルの判断、シャッハを包囲した戦術は間違ってはいなかった。相手がシャッハでさえなかったのなら。
シャッハの取るべき選択肢は全ての攻撃を防ぐか、スバルを押し通すしかなかったはず。
それほどの完璧なコンビネーションであったのもスバルにもわかったのだろう。
ゆえに敵の切り札の存在を知ったときの衝撃は大きい。

ディバインバスターの発動と同時に背後に気配を感じる。それは今まで眼前にいたはずのシャッハのもの。
気づけども、その姿を振り返ることもできぬまま、シャッハはすぐさま、スバルの首に、容赦なく一撃を落とす。
たとえバリアジャケット越しをはいえ、その衝撃はスバルの意識を失わせるに足る一撃。
急速に暗転する視界のなか、スバルは膝を折る。
力なくうなだれ、もはや力を解放するだけのディバインバスターは虚空を彷徨い、大地を穿つ。
土煙が上がり、二人の身を隠れる僅かな間、シャッハはティアナを見据えた。
その眼力に圧されたティアナは身をこわばらせる。
そしてティアナはそこで待ってしまった。土煙から出でる影の存在を。あの中に、まだシャッハが居るはずだと思ってしまった。
風が吹く。土煙が流される。ティアナはそこにいるはずのシャッハの動きを逃さぬように凝視した。
だが、そこには気を失っているスバルが残されて居るのみ。
見に回ったティアナの思考は停止した。そして、シャッハには、その一瞬で事は足りる。
動揺に囚われたティアナの背後に忍び寄る影は、既にティアナの首筋にヴィンデルシャフトを当てていた。
チェックメイト、ですね?」
「…はい。」
素直に負けを認めたティアナ。
ほぼ同時に爆音がティアナの耳に届く。
気づけば、ほぼ同時にエリオ達もシグナムに制圧されており、この時点で模擬戦が終了となった。

「ふん!」
シャッハに気付けされたスバルは昏倒から目を覚ます。
首を振り、周囲を見回し、自分が気を失っていたことを認識する。
とたん、模擬戦が終わっていたことに気づいて落胆するスバル。
気を失う、直前の光景を思い出しているのか、拳を握りしめ、小さくつぶやく。
「当たったと思ったんだけどなァ…。」
その言葉を耳にして、シグナムは気付く。
(ふむ…)
シグナムは、隣に立つシャッハに念話で話しかけた。スバル達にその声を聞かれないために、だ。
(やられましたね?)
(ええ、お恥ずかしながら。正直ここまでとは思いませんでした。なかなかいい連携です。)
その表情にはスバルたちの成長を喜んでいるようにも見える。
(でも、まだあなたのようにはいかないですけどね。)
やっとの事ではあるがシャッハに能力を使わせるところまでは彼らも成長しているということか。
シグナムはそのことを知り、少しだけ気持ちが緩む。たまには褒めてやるのもいいだろう。

「惜しかったな。」
ふいに声を掛けられた、スバルが顔を上げる。シグナムから褒められるのはそうそうあることではない。
一瞬、それが褒められたことなのかさえ理解ができなかったが。

「あ、ありがとうございます!」
「シャッハ殿の動きを捕らえるのは相当、骨だ。」
シグナムにすら、シャッハを相手にするのは困難であるとの言葉にスバルは驚く。
「あの…、シグナム副隊長はあの動きが見えているんですか?」
「うむ…、見えているわけではないのだが…。」
言い淀むシグナム。上手く説明ができないのか、言葉を探しているようにも見える。
見えているわけではない。それでもシャッハと互角に戦うというのはどういうことなのだろう…?スバルは疑問符を浮かべる。
「あえて言うならば……そう…感じるのだ。」
と一言だけつぶやく。
その表情には何か懐かしいものを見るような表情を浮かべていた。


-2-
それは、八神はやてが聖王教会を訪れたある日のこと。
幾度か、すでに聖王教会は訪れているが、毎度、他愛もない話をするばかりで、任務として呼ばれたと思っていた最初のころは拍子抜けしたものである。
しかし、今日はなにか様子が違った。どうもシャッハの口数が少ない。なにか言いあぐねているような…、機を伺っているような。
「いかがしましたか?シスターシャッハ。」
「え…あの…。」
「シャッハ…。」
カリムにはその先の言葉がわかっているようだ。小さくため息を吐いたようにも見える。
「騎士シグナム、私とお手合わせを願えませんか?」
突然の申し出にやや戸惑いを覚えるはやてだが、シグナムは至って平然としている。
「シスター・シャッハが…うちのシグナムと…ですか?」
「ええ、私が、です。」
シャッハをカリムの側付きのシスターであると認識していたはやてにとって、それは意外な一言であった。
「闇の書事件の経緯を確認していた頃から、シャッハは騎士シグナムに興味を抱いていたみたいなんです。」
はやてはシグナムに目を向けると、その言葉を待っていたかのような顔をしている。
「武人としての足裁きや身のこなしは隠そうとして隠しきれるものではありません。以前よりよほどの腕とお見受けしていた。むしろこちらからお願いしたい。」
「そやったんか…。」
と、はやては感心するようにつぶやいた。
確かに考えてみれば、聖王教会の重鎮に護衛がついていないというほうがおかしいのである。
シグナムが認めるほどのその実力というシャッハの腕をはやても見てみたい。

そして四人は場所を移す。聖王教会内に設けられている庭園。
園内にはすでに結界が張られており、それぞれが騎士甲冑を身に纏い、準備はすでに整っている。
「いいですか?これはあくまで模擬戦ですよ。」
カリムは念を押すように二人に伝える。いや、シャッハに向けられたもののようにも感じたが…。

庭園の中央で対峙するふたり。シャッハがシグナムに声を掛ける。
「非才の身ながら、お相手願います。」
礼をし、構えを取るシャッハ。それに応じてシグナムも臨戦態勢を取る。

愚直なまでに、正面から猛進してくるシャッハ。それを剣で捕らえるのはたやすい。
抜き打ちにシャッハを迎え撃つシグナム。
だが手ごたえがそれを裏切る。レヴァンティンが空を切ったのだ。
そして、たったいま斬ったはずのシャッハはまだ眼前にいる。
即座に首を薙ぎにくる双撃。たまらず初撃を避けるように後方に飛び退く。小竜巻のような風がシグナムを追う。
その風がシグナムの髪を揺らす前に、シャッハの気配は背後にあった。
連撃の二段目、その構えのまま、シグナムの胴を狙っている。
たまらず、シグナムは鞘を手にし、背後のシャッハの顔面を突く。
仰け反るシャッハはそのまま身を後ろに転じその攻撃を避けた。
再び、二人の距離が開く。
機を伺うふたり。
その間、シグナムはシャッハから眼を逸らさぬように、先の動きを分析していた。
(避けたわけではない…)
レヴァンティンは確かにその姿を捉えたはずだ。
幻術?催眠?いや、違う。
幻術特有の存在感のなさともいうべき感覚はそこにはなかった。人格プログラムであるヴォルケンリッターには魅惑や催眠のたぐいは通じない。
つまり、現にシャッハの肉体はそこに存在していたはずなのだ。だが、シグナムの攻撃は空を切った…これはどういうことなのか?

シグナムが思索に耽ったその瞬間を見逃さなかった。
シャッハの姿を捉えて、まばたきひとつ、するとシャッハの姿は忽然と消えていた。
次の瞬間にはシグナムの周囲に四人のシャッハが現れる。
そして繰り出される、完全同時の四連撃。
過去になのはの兄と手合わせした際に見た、薙旋に似ているが、それと明らかに違うのは全てが同時の攻撃であるということだ。
そして感じた気配も四つ。すべてが本体。人の身ではおよそ不可能な神技である。

しかしこれですら「試し」に過ぎないことをシグナムは即座に理解していた。
シャッハ自身の攻撃がどれほどまでシグナムに通用するのか、それを推し量るための。
事実、全てをフィールドで防いではいたが、その全ては砕け、綻びを見せている。
辛うじて、シグナムの身には届かぬ程度に。
(単撃ならば、如何ほどか…)
そして今の攻撃をもってシグナムは悟る。
(転移…か!)
転移は、神速のような縮地とは異なり、移動距離を無にする能力である。
先天的な素養に左右され、なおその制御が難しいがゆえに、使い手は極々限られる。
もはや眼にすることも叶わないと思っていたが…。
シグナムは身震いする。しかしそれは武者震いにたぐいするもの。
彼女は己の心にふつふつと悦びを抱き始めていた。

だが、神出鬼没ともいえるシャッハを捕らえる術を未だ得ることができないシグナム。
幾度かシャッハの攻撃を受けつつも、防戦一方にならざるを得ない状況は変わらない。

(やはり、見えないのか…。)
とシャッハは思う。転移をもつ彼女の姿を捉えられるものは皆無に等しかった。
だがカリムの預言が選んだ騎士。彼女ならば己と渡り合える腕と見込んだのだが…。
僅かばかりの落胆が胸中に生まれたことは否めない。ならば、この闘いも終わりに

そして、ついにシャッハの気配が消える。この闘いにケリをつける算段なのだろう。
高速で転移を行うことで、この現実での存在を限りなく無に近づけているのだ。
何処にでもいるようにも感じる。それは何処にでもいないことと同義。

対してシグナムはうつむき加減に顔を落とし、眼を閉じる。
鞘に封じた己の得物を、神速にて発剣するために、凪の水面のように、澱みなく、清冽な剣気を、細く、強く、研ぎ澄ます。
それに呼応するように、レヴァンティンがその形状を徐々に変えてゆく。その姿はシグナムの意を得たように細く、弧を描くような形状に。
逆手にした左手をレヴァンティンの柄に添える。シグナムに向けられる必倒の一撃はシャッハの得物の範囲で成されるであろう。
ならば、その動きに応じるにはシグナムもそれに倣わねば、レヴァンティンを抜くこともなく斃されることになる。

いまこそ、好機とシャッハは思う。シグナムは自分の存在を捕らえ切れていない。
幾重もの残像を残し、彼女は正面からシグナムの首を落としに掛かる。
背後からでもどこからでもシグナムを狙うことはできた。
だが最後だけは正面から、と思ったのはシャッハの武人としての潔よさの現れかも知れない。

そのとき、シグナムは眼を閉じていた。
シャッハを見ていない。シグナムが捕らえようとしていたのはシャッハの真の一撃のみ。
それを捕らえる為には、攻撃に転ずる瞬間、最速にして、最大の一撃を放たねばならない。
ゆえに己が身を捨てての相打ち。それがシグナムの取った戦術だった。
殺気すら感じさせぬその身から、突然、己に向けられた刃。
シグナムは逆手から抜かれた剣の峰に右手を添える。その剣先が狙うはただ一つ。
神速の発剣、抜くことすら気づかせぬ刃は、心の臓をめがけて。

シグナムの姿を完全なる隙と捉えていたシャッハは即座に反応ができない。
あるまじき心の隙である。勝利を確信したとき、人は勝利とほど遠い存在となる。
その心の隙を生み出す為の無防備か―――と、悟るには遅すぎる失態。
しかしシャッハには、後悔をする間さえもはや、ない。だが、不思議に恐怖は感じない。
むしろ、この瞬間を待ち受けていたかのような感覚に陥った。彼女はそう、この瞬間を待っていたのだ。
止まった時間のように緩やかにも感じる動きのなかで、お互いの急所が貫かれる様が双方の頭に過ぎる。
もはや止まらぬふたつの刃がその身を断つ―――――。


-3-
「そこまで!」と声が響いた。
気づけば幾重にも重ねられた防御魔法がそれぞれの身体を守っていた。
はやてと、カリムが手を翳したままの姿でいることから察するに、彼女たちが施したものだろう。

「二人とも、やりすぎや。」
はやては安堵の表情を見せつつも、呆れたように言う。
「しかし、主はやて。シャッハ殿を捉えるにはこの方法しかありません。」
ふうと、ため息をつくはやて。
だが、シグナムの言い分は彼女にも理解できた。
完全に存在を消してしまったシャッハの気配を察するには、己の剣気さえも殺し、心を凪にせねば不可能であることを。
が、それでもやりすぎの感は否めない。ともすれば二人とも命を落としていたかもしれない闘いであったのだから。

「良く、気付きましたね。」
息を整えつつ問うシャッハ。彼女にとっても連続転移をするのはその身体に負担をかけるものなのだろう。
「事は単純だ。打突の瞬間だけは、そこに存在しなくてはならない。」
「だから、その瞬間を視るまでだ。」
「ご明察です」
(ですが…、その刹那を捉えることができる者がどれだけいることか…。)
言うのは簡単だが、高速で転移を繰り返すシャッハに対して、己が身を呈し、まさに肉を切らせて骨を断たんとばかりにその機を狙っていたという。
シャッハは感嘆する。これほどの使い手がまだこの世に居たことに。
いままで自分の能力にここまで迫るものはいなかった。
そして、同じ領域で闘える相手を見いだした喜びに打ち震えている。

シグナムはシャッハに手を差し出す。
「存外に楽しかった。また、闘ろう。」
手を差し延べるシグナム。
「ええ…、こちらこそ。」
健闘を称えるかのようにその手を取るシャッハ。
先までお互いの命を落とすほどの遣り取りをしていたのが嘘のように、その表情は晴れ晴れとしていた。

そして、シャッハは振り向きカリムに告げる。
「騎士カリム。ご覧いただけましたか。」
「ええ、ご苦労さまでした。」
カリムの声色がやや堅さを増した気がした。
「はやて、あなたに見て貰いたいものがあります。」
カリムは思わせぶりにはやてを見やり、手を差し出す。
いままでなにもなかったその空間には紙片の束が浮かび上がっていた。

はやてはこれから何が起きるのかを理解した。カリムは自分自身の能力をはやてたちに明かそうとしているのだ。
魔導師の能力というのはおいそれと明かすものではないとされる
事実、はやての夜天の魔導書の存在やヴォルケンリッターとの関係、闇の書事件の経緯も、管理局内の一部の上層部にしかその真実を知るものはいない。
そして目の前に居るのは、古代ベルカゆかりの聖王教会の五指に入る存在・カリム・グラシア
その能力は余程の事がない限り、知らされるものではないことは想像に難くない。

「プロフェーテン・シュリフテン…!」
穏やかな声の中に、荘厳さを秘めたような力強い声。
その声と共に、紙片の束がカリムを中心にして取り巻く。
それぞれの紙片は自ずから輝き始め、それらのひとつひとつにはぼんやりと文字が浮かび始める。
それは古代ベルカ文字。闇の書の再構築の際に、プログラミングの為に触れた事のある文字だったため、はやてにも幾分かは読むことができる。
「これは……!」
ささやくように、シグナムが驚きの声を上げる。
そもそも夜天の魔導書の時代より、シグナムは古代ベルカ語に親しんでいる。ゆえに、それが何であるのかを即座に理解した。
「預言書、ですね?」
「慧眼です。」
とはいえ、その預言書の内容は、断片的に単語を羅列したものに過ぎず、その解釈には読み手の意志が介在し、
預言の精度・情報量も時を経るごとに詳細となるもの。とカリムは謙遜ともつかぬ説明をする。

はやては、ただの同じ古式の使い手としての誼みで、聖王教会に呼ばれていたわけではないことは予想していたが…。
あえてそれを明かされることの意味を考えると、この場に居ること、その重さが変わってくる。
「時空管理局に訪れる未曾有の危機。それが預言書に顕れました。」
というと、一枚の札をはやてとシグナムの目の前に遣す。
見れば、まだ単語を断片的にしか読むことができない。情報の確度がそのまま見た目となって現れるのか、文字の形すら成していない部分もある。
だが、それを信じるに足るのは今までこの能力の実績があるからなのだろう。預言書のふたつ名を持つその能力は伊達ではないということか。
「そこで、この事態に対するべく、あなたに助力をお願いしたいのです。」
「だから、私たちの力を試した。そうですね?騎士カリム。」
はやての声にうなづくカリム。
試されたことに、憤りはない。むしろその力を証せたことを誇りに思う。
きっと、これから先、幾度も試練があるだろう。それを思えば些細なことだ。

はやてには迷いは無かった。
闇の書事件の後、時空管理局に入局してから、そう時間を経ていないこともある。
自分達の力を役立てることができるのなら…その機会があるなら、それは願ってもいないことだと思う。
はやてはカリムの言葉に諾意を返した。