ごはんやでっ!

ごはんやでっ!


 「報告ごくろーさん。ほな、これで任務完了や。」

はやての声を受けるのは彼女の目の前に立つ二人。シグナムとアギトである。
JS事件の後の紆余曲折を経て、管理局の任に就いたアギトは、いま、シグナムと同行した初任務の報告を終えたばかり。
シグナムはすでに管理局の任務に慣れているがゆえに、その様子は常と別段変わりないが、アギトは思わず安堵の息をつく。
管理局に所属しての初任務を滞りなく終えたことで緊張が解けたのか、つい表情を崩してしまったのだろう。
しかし、すぐにはやての手前であることを思い出し、背筋を伸ばした。
そっと視線をはやてに向ける。いまの態度に気づいたのか、気づいていないのか、はやては特に気にしている様子はない。

「それでは、失礼します。」
一礼し、退出しようとするシグナム。アギトもそれに倣うように礼をして、あとを追う。
が、アギトの背に、はやてが声を掛けた。
「そや。アギトは、ちょう残ってくれるか?」
「あっ…、はい…。」
シグナムは一瞬だけはやてと視線を交わし、何かしら意を得たのか、アギトに声を掛ける。
「では、先に行っている。」と声をかけるとやや不安げな表情でシグナムを見つめている。
「大丈夫。主はやてはお優しい方だ。心配は無用だ。」
と言い残し、退室してしまった。
 はやての執務室に残った二人。
思い起こせば、いままでアギトははやてと二人きりになったことはなかった。
はやてだけではない、シグナムを除く八神家の面々とも、いまだに一人きりでは相対したことはない。
それは、地上本部を半壊にまで至らしめたJS事件の余波が思いの外大きく、さらには地上本部の実質のトップであったレジアスの死により、時空管理局はその体制を早急に再編成しなければならなくなった影響が大きい。
その過程のなかで、ヴォルケンリッターは各部隊の要所に出回ることを必要とされ、結果、八神家の面々が一同に会す機会が少なくなっていたのである。そのせいでシグナムと共にいるアギトも、八神家の面々とはまだ数度しか顔を合わせていない。
現在、シグナムははやての直属として動いているため、はやてと顔をあわせることは比較的多いのだが。
はやてはそんなアギトをずっと、気に掛けていたが、やっと、僅かではあるが、お互いが話ができる時間が取れたのである。

「どや?初任務も上々。シグナムともうまくいっとるみたいやね。」
「あ、うん…」どうも会話が続かない。
(むー、まだぎこちないなー)
はやては心中、ひとりごちる。
シグナムをロードに認めたとはいえ、はやてに対してはどこかよそよそしさの残るアギト。
融合騎として生み出されてから、永い時を独りで過ごし、その身を助けられたルーテシアたちとは恩人として
接してきた為か、まだそれ以外の関係に練れぬからか、戸惑っているのだろう。
ヴィータたちと相対するときも、どこかシグナムの陰に隠れながらのような態度を取ったままだ。
シグナムとはすでに幾分うち解けているようだが、他の面々とは明らかに壁がある。

「そう固くならんでもええよー。ちょっとアギトとお話したいだけやし。」
そう言って、はやてはシグナムの話からはじめ、いろいろと話を振ってみたが、どうにも反応は鈍い。
思案のすえにルーテシアから聞いていた話を振ってみた。
「そや、お料理得意やってきいたんやけど。こんど得意のレシピでもおしえてくれへん?」
「そっそんな、てっ、てきとーにつくってたから教えられるとか、そーゆーんじゃねーんだ…」
突然、思いもしない方向に話を振られたのか、動揺するアギト。はやてはその機を見逃さなかった。
「ほな、こんど一緒につくってみよか。そやな、次の休みなんか丁度ええかな。事件の後始末も一段落着くし。」
事件の始末が終息すれば、再び八神家が顔を合わせる機会も多くなる。その頃までにアギトがはやて達と打ち解ければとは考えていた。いまのままではアギトはシグナムの融合騎としての存在でしかないアギトはきっと居心地の悪い思いをすることになるだろう。できることなら、彼女を家族として迎えたいとは思っていたが、今まできっかけが掴めずにいた。
だが、これが良いきっかけになるかもしれないという予感がする。こんなことが昔にもあったような。

 対してアギトは、はやてに振られた話を受けて、自分にそんなに料理の腕があるとは思っていなかった。
ルーテシア達と行動を共にをしていた頃は、二人の質素な食事を見かねて、料理は主にアギトの担当していたが…。
しかし他に腕を比べるような者もなく、自分の腕がどれのほどのものかは知る由もない。
だが、いまにして振り返れば、言葉少ない道連れは、あまり感想も述べる質でもなかったが、アギトの料理を嬉しそうにしていたようにも思う。きっとはやてがこんな話を振ってきたのもルーテシアからこのことを耳にしたからだろう。とすれば、そんなに悪くないものだったのかも知れない。

「な?どやろ?うちの子たち。おいしいもんにとことん弱いねん。」
はやては悪戯っぽく笑う。そんな笑顔につられてか、少しの不安と、期待を織り交ぜて、アギトは、ゆっくりとうなづいた。



「さーって、やるでっ!」
腕まくりをしつつ、気合を入れるはやて。
「ご機嫌ですね。」そんな様子を見て思わず声をかけるシグナム。
「そりゃそうや。久しぶりにみんなで一緒の食事なんや。腕によりをかけるよ!」
「なにか、手伝いましょうか?」
「そやなー。シグナム、おつかい頼んでもええ?バジル切らしちゃっててなー。買うてきてもらえる?」
「わかりました。すぐにでも。」
「いや、そんな急がんでええよ。できあがりまでにあればいいから。あ、できれば乾燥じゃなく生のでな。」
「わかりました。」
と、言うと出支度を始めるため、キッチンから出てゆこうとするシグナムだが、ふと足をとめ、アギトに問う。
「アギトも一緒に行くか?」
「あ…。あの…。」
はやてには「みんなには内緒やで。驚かせたろ。」と釘を刺されているので、どう応えて良いのかわからずおろおろするアギト。
「アギトにはウチの料理を手伝ってもらうことにしたんや。なっ?」
「あ、うん。そう…なんだ。」
「そうですか…。」
訝しげに一瞬表情を崩すも、すぐに気を取り直すシグナム。
「では、ちょうどヴィータも戻るころです。道すがら迎えにいってきます。」
「よろしくなー。」
ぱたん、と玄関のドアが閉まる音を最後に、この家ははやてとアギトの二人きり。
「さーて、と。じゃあ、はじめよか。」その言葉が始まりの合図。
アギトは小さい身体ながらに、きびきびとよく動いた。その無駄のない動きと手慣れた手つきにはやては目を奪われる。
また、烈火の剣精の名は伊達でなく、火の扱いには特筆すべきものがある。ちなみにコンロは使う必要がないようだ。
(なんや、うちより上手かもしれへんな。)と、はやては関心してその様子を見ていた。というか見とれていた。
ふと我に返り、「こりゃあ負けてられへんなぁ」と、あとを追うようにはやても厨房に並び立つ。

玄関の方から声がした。買い物にでたシグナム
「ごっはんーごっはんーはやてのごっはんー。」
ヴィータ、はしたないぞ。」
「しかたねーじゃんか。しかもみんなが揃ってはやての手料理なんて、ほんっと久しぶりだからな。」
「確かに…な。」
二人の声には、抑えきれぬ期待が含まれているようにも思える。それはふたたび同じ時を過ごす事のできる喜びの声。
しかし、その声はアギトの耳にも届いていた。不安げな表情を濃くするアギト。そんな様子を見てはやてはアギトに耳打ちする。
「大丈夫や。なんも心配あらへんよ。」と。
はやての作った料理と半分ずつ作ったから、その味見をアギトにはわかるが、はやての料理の腕も相当のものであることが伺えた。
そんなはやてに太鼓判を押され、幾分か不安は解消されはしたが…。やはり全ての不安をぬぐい去る事はできない。

最後にシャマルがザフィーラを伴って帰宅したころ、ちょうど料理も出来上がりとなった。
シャマル、ザフィーラ、おかえり。ちょうど晩御飯が出来上がったところや。」
「うーん。いい匂い〜。帰ってきたって感じ…。」
着替え終わり、私室から出てきたシャマルが思わず、うっとりとしながら言葉を漏らす。
そして、皆が待ちきれぬとばかりに自然とリビングに集まり、それぞれの料理が並べられてゆく。
すべての準備が整い、皆が食卓に着くと、「では、みんなそろったところで。」はやてが促した。
それを合図に、「いただきます」と皆の声がそろう。

めいめい、卓の上の料理を口にし始める。
(…。)
アギトはみんなの様子気にしつつも、直視できない。
皆、黙々と食事を口に運んでいるように感じるが、その時間はそう長くはない。アギトの緊張が時を長く感じさせただけ。

「うめぇ!」最初に口火を切ったのはヴィータだった。
「うむ。」ただうなずくばかりだが、ザフィーラの表情は満足げである。
「そうね。でも、はやてちゃん、今日はちょっといままでにない感じだけど。」シャマルが疑問を投げる。
ふふーんと薄笑いを浮かべるはやては、シグナムに視線を投げた。シグナムは黙々と料理を口にしている。
はやての視線に気づいたのか、一旦箸を止め、「それは、アギトが作ったからだろう」とシャマルに伝えた。
「そうだな?アギト」
「そ、そうだけど…。」
シグナムはどう思っただろうと不安に駆られるアギトであった。しかしその思いは杞憂に終わる。
「そうか。よく、できている。」と一言だけ漏らす。
すると、ふたたび、アギトの手料理に手を伸ばすし始めた。かみ締めるように、味わうその表情は言葉のそっけなさとは裏腹に満たされている。
「よくできている…って」苦笑いしつつ、シャマル
「ん…褒めたつもりなのだが…。」
「もうちょっと、言いようがあるんじゃねーか?ふつーにうめぇっていえばいいのに。」と突っ込むヴィータ
そんな様子を見て、はやてはアギトに目配せした。
(ほーら、みんなイチコロや。)と念話で伝える。それを聞いて、ちょっとだけ胸に熱いものが沸いたアギト。

「あーん。ライバル出現〜。」
十年来、はやてに料理を教わりつつ、徐々にではあるが料理の腕を上げつつあったシャマルが、その味に感嘆する。
そして、その手の箸はとまる様子を見せない。
「いや、これはシャマルには手強いぞ。」と、シグナムは容赦ない。
「はやてのとおなじくらいうめーからな…。」とヴィータが追従する。
「うむ。」そして、ただ首肯するばかりのザフィーラ。
「ザフィーラもうなづいてばかりいねーで、ちゃんとしゃべれよ。」
「うむ。」もはや食欲にに赴くまま、食べることに集中しているザフィーラは応えも曖昧だ。
「だめだなこりゃ。」と肩をすくめるヴィータにつられて、皆が笑いだした。。

「おかわり!」ヴィータが茶碗を差し出すと、アギトが率先してそれを受け取った。
「あんま無理しなくていいぞ。」と、気にかけるヴィータ。小さな身体にヴィータの椀はやや大きい。
でも、自分の手で作った料理が皆を喜ばせているのが嬉しくて、つい身体が動いてしまう。
そしてアギトは、自分が作った食事を喜んで口にする皆の姿を、ぼおっと眺めていた。
そんな様子を見ていたら、じわりと涙があふれてきた。
いま、このときに「シグナムの融合騎として」ではなく「アギト」として、受け入れられた気がして。

「どしたん?なんかあったか?」心配そうに話しかけるはやて。
「もぅ、意外と泣き虫さんですね。」
そんな様子を見て、リインが珍しく茶化す。同じ融合騎として少し嫉妬していたのかも知れない。
「うっ、うるせーな。泣いてなんかねーよ。」

否定するが、どうみても強がりにしか見えないその姿に、皆が優しく微笑んだ。
皆、その涙の意味を知っていたから。
「それにしても、やっと調子がでてきたみたいやな。」はやてが軽口を叩く。
「そうだな。初めて会ったときに比べりゃ、しおらしいもんだと思ってたんだ。」
ヴィータは自分に似ているところがあるアギトの様子が本調子でないことを気に掛けていたのかもしれない。
きっときっかけが必要だったのだと。
「な、みんな。ちょっとええかな。」
そして、食事も一段落した頃を見計らって、皆に声を掛けるはやて。
その姿を黙って見守るシグナム達。
「アギトを八神家の新しい家族として迎えたいんやけど…。どうかな?」
「アタシはかまわねーぜ。うまいメシが作れる奴に悪い奴はいねー。」
「私も。」ヴィータシャマルがアギトを認めた。
ザフィーラは無言で首肯する。
「シグナムは?」はやては最後に促した。
「次も頼む。まだ、これで終わりではないのだろう?」
「望むところだぜ!」
皆に認められて、すこしだけ気が軽くなったアギトは、シグナムの言に威勢良く応えたのだった。

 
 そして、その後の顛末は。
八神家の食事情は更なる充実を見せ、シャマルが体重計を避けるようになった事を除き、平穏無事な日々が続いたようである。