Protostar

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「それにしてもせっかくの祝いの席だが…。洒落た店もしらねぇんでな。」
と、いいながら暖簾をくぐるゲンヤ。ここは幾度か、連れられて来たことのある居酒屋。
ゲンヤは謙遜するが、はやてはこの店が嫌いではない。


「いつものを二つ。冷やでな。それと…。」
席についたそうそう、注文をするゲンヤ。
ゲンヤはその先祖のころからか、日本酒党であるらしい。
はやてもシグナムの影響から、頻繁に呑むわけではないが日本酒を嗜む。
酒の趣味という意味では二人は共通していた。


「それにしても、悪いな。忙しいだろうに。」
「いえ、ちょうど、こちらにも用事がありましたし、お伝えしなければならないこともありましたから。」
「そうか。」
と、話していると、酒とお通しが机に並べられる。


「八神、ほら。」
徳利を差し出すゲンヤ。応じるはやて。
そして、ゲンヤにもはやては酌を返す。


「新たなる部隊に。」
ゲンヤの音頭で互いの杯を掲げる二人。
あおるように杯を干すゲンヤ。
く、と含むように酒を呑むはやて。


お互いが一息をつき、ゲンヤが徳利を突き出す。
まだ、空けてないはやての杯になみなみと酒を注ぎながら、ゲンヤは話しかける。
「良かったな。夢が叶って。」
「ええ。でも少しちゃいます。まだまだ夢の入り口。叶えるのはこれからです。」
「ふっ。しっかりしてるぜ。」
「ええ、これから、ですよ。」
穏やかな時が流れる。ゆるりと酒を嗜むふたり。
はやての声を聞き、その様子に安心したのか、ゲンヤが漏らす。
「こりゃ心配もいらねェかな。」
「心配?」
「ん…。機動六課設立に際して、後見人としてのハラオウンの二人がついたのはまだいいんだが、聖王教会がな…。」
「はい。」
短く同意を返す、はやて。
時空管理局と聖王教会の間、その一部に僅かながらでも軋轢があることには、はやても気づいている。


元々、ロストロギアに関わる組織としては時空管理局と聖王教会はそれぞれ独自に活動をしていた。
いや、むしろロストロギアに限ってだけをいうならば、聖王教会の方がその歴史は古いと言える。
だが、管理局外にロストロギアを「保管」し、魔法を操る勢力が他に存在することを厭うているのか、
管理局内には聖王教会がロストロギア関連の事件に関わることをよしとしない勢力が確かに存在している。


彼女の管理局入りに助力したのは他でもない聖王教会のカリム・グラシアである。
古代ベルカ式の魔法を操る者として、その力を認め、管理局に推挙をしたのは、リンディやクロノを除けば彼女が初めての人物だっただろう。
そしてカリムの庇護をうけたはやてだからこそ、それに反目する者が目に付いた。


「ですが…。そのような声も、機動六課が稼働すれば、変わってゆくと思います。」
答えるはやて。その言葉の裏には強い意志が見える。が、至ってその顔は穏やかだ。


(変わったな…。)
ゲンヤは心の中でつぶやく。
そんな、はやての様子を眺めながら、初めて彼の元に来た頃の彼女を思い出していた。
若く、実力もある天才肌によくあることだが、理想への道筋が見えてしまうはやて。
凡人にはそれが理解されないがゆえに、焦り、理不尽な思いを重ねてきた彼女。
だが偶然にも彼の元に付くことになったときから、はやての纏う雰囲気が微妙に変わってきたように感じた。
ゲンヤが先達として何かを教えたというわけではないが、彼女にはゲンヤを見て思うところがあったのだろう。
その、態度には余裕が生まれ、揺るがぬ意志の片鱗を見せるようになった。


いまの穏やかなはやての表情を見て、ゲンヤは微笑む。


再び徳利を差し出すゲンヤ。気がつけば、杯を干していたはやては、それに応じる。
「で、六課のメンバーはもう決まってるんだろう?」
「ええ、主力の二部隊の隊長には、高町なのは空尉とフェイト・T・ハラオウン執務官を。」
「ああ、あの元気なお嬢ちゃんたちか。そりゃあ、頼もしい。」
「はい。これ以外の人選は考えられません。隊の設立を考えた時から決めていました。」
「確か、スバルとギンガを助けて貰ったあの空港の火災事件。あのときの初動は彼女たちだったな。」


そう、あれがすべての始まりともいえる。あのときから、運命の輪が回り始めたのだ。
あの事件の次の日、はやては失意の朝を迎えた。そして、親友たちにその想いを吐露する。


事件が起き、正式に出動の命が下るまでに、どれだけの人命が失われるかしれぬというのに。
それを組織のなかでどれだけの人間が真に認識しているのだろう。


状況に歯噛みする現場隊員と、他のキャリア組の温度差は乖離し、管理局上層部はその体制を内から変える気配をみせなかった。
そもそも、時空管理局とは人々を助けるための組織であるはずなのに。


そんな環境のなか、失意に屈せず、はやてが着実に昇進することが出来たのは、彼女自身の実力はもちろんのこと、
組織としての本分を忘れている現状に耐えぬ者たち、はやての想いに共鳴したリンディ、クロノ、カリムたちが上層部たちがいたから。
そして他ならぬゲンヤがいたからこそ、ここまでこれたのだとはやては思い返す。


火災事件からしばらくの時を経て、事件の報告書を見たはやては、事件を冷静に、そして適正に記した内容に驚いた。
火災の初期段階において、大きな役割を果たしたのは、なのはたちを含めた現地の陸士部隊の働きが大きかったこと。
災害時に魔導師の有用性を説きながら、本局航空部隊の初動の遅さを指摘し、ともすれば糾弾する内容で、その報告書は締めくくられていた。


報告者の名に記されていたのは他でもない、ゲンヤ・ナカジマ三佐である。


そんな報告書を書けば、他部署からの謂われもない誹謗中傷を受けるであろうはずなのに。
だが、はやてたちにそのような影響もなく、逆に、管理局内での彼女たちの活躍は好意的に知れ渡ることとなった。


ゲンヤは口は荒いが、指揮官としての判断力、人材を見抜く眼力、そして妙な人当たりの良さから、
管理局内での広いコネクションを構築していた。そして、初めは厭われようとも、理のみならず情を交えた言葉によって、
次第に彼の言葉に耳を傾けるようになっていくのだという。


はやてもそれを見習い、ただ想いを抱えることではなにも生み出さないことを知る。
夢を実現するために、そしてそれがひとりでできないことならば、己の夢の理解者を持たねばならぬということを。
そのために4年という歳月が過ぎてはしまったが、ようやくその夢の入り口に辿り着いたことになる。


迅速に、そして確実に事件を解決するためだけに組織された部隊。機動六課。
この部隊こそ、ロストロギアという巨大な力がもたらす脅威から人々を守るという、本来あるべき時空管理局の姿を取り戻すきっかけになると、考えていた。
もしそれができなくとも…。彼女は、別の理由もあり、己の戦いを続けるつもりではあったのだが。
はやては機動六課という部隊は多くの人々の思いから生まれたということを肝に銘じ、身が引き締まる思いを新たにする。


はやては話を続けた。
「そして、副隊長には、うちのシグナムとヴィータを据えます」
「堅実な人事だな。」
「そして、部隊員には…。」
「おう。」
手酌でぐい呑みに日本酒を注ぐゲンヤ。


スバル・ナカジマ陸士を、と考えています。」
溢れそうになる酒をあわててすすり、はやてへと視線を戻す。


「スバルを…か。」
ゲンヤは何を思ったのか、驚きの表情を隠せない。彼の心中、如何ばかりだったであろう。


機動六課はロストロギアに関わる専門部隊である。
そしてスバルの母もまた、ロストロギアに関わる事件で命を落としている。
だが、スバルはそのことを知らない。
任務中の死亡の理由はたとえ身内といえども、明かすことはできないからだ。
そして、それがロストロギアに関わるものであればなおさらのこと秘匿とされる。
しかしスバルは結果、機動六課という部隊にたどり着いた。これを数奇と言わずしてなんといおう。
ゲンヤは思う。
もしかしたら、スバルがこの道を選んだときから、ここに至ることは決まっていたのかもしれない、と。


思い耽るゲンヤにはやては再び口火を切った。


「彼女の仕事ぶり、見せて貰いました。」
もうすでに試験は終わり、スバル達にも入隊の話は伝えてある。

「多少荒削りですが…、とっさの状況打破能力は特筆すべきものがあります。」
はやては言葉を飾らずに伝えた。
はやてがそういうのだから、真実なのだろう。
過去にゲンヤが見た、スバルの評価は担当部隊長の評を総合すれば「無鉄砲」と取られてもおかしくないものだったはずだが。
「通常考えられる手段を執らないケースが多いのですが…。しかし災害現場では彼女の部隊の救出率はほぼ100パーセント。これはスバル陸士の働きが大きいと考えます。」
先の評と比べれば破格の評価だ。


「多少決断を前に気弱な面もありますが、パートナーのランスター陸士とのコンビが功を奏しているようですね。」
「ふむ…」
ちびりちびりと酒を嘗めつつ聞いていたゲンヤは、記憶を探る。
ランスター……ティアナ・ランスター。スバルから話は聞いている。スバルとは個人的にもつきあいがあるようだが…)


「で、そのランスター陸士も?」
「はい。二人が組んでこそ、彼女らの能力は最大限発揮されるでしょう。」
いまは、二人で一人、か。いや、だからこそなのかもしれないな。とゲンヤはスバルへの思いを新たにする。


「しかし…、いいのか?本当に。」
どうしても親であるゲンヤにとって、スバルはいつまでも子供という印象がぬぐえない。
彼には機動六課というエキスパート部隊にスバルがふさわしいのか、まだ腑に落ちないようだ。


そんなゲンヤを見て、はやては微笑む。
「技術はこれからいくらでも身につきます。ですが、教えられないものもあります。」
「……」
「それは、けしてうつむかず、諦めない心。」
はやてはまっすぐにゲンヤの眼をみて伝える。


「彼女はそれを胸に秘めている。スバルはいずれ、これから先の機動六課を支えることになるでしょう。」
言い終えて、喉を潤すように杯を干すはやて。


「褒めすぎだぜ。八神。親の前だからって、世辞も過ぎると良くないぜ。」
「ちゃんと人を見て、適材適所に置く。これもナカジマ陸佐の教えですよ?」
「…教えた覚えはねェんだがな…。」
やや顔が赤いゲンヤ。それは酔いの所為だけではないだろう。
「ふふっ。」
そんなことはあなたを見ていればわかりますよ、とはやては心の中で呟いた。
「とにかく、八神の下につくってんなら、幾分か安心だ。無能な指揮官にいいようにされることだけはなさそうだからな。」
「ありがとうございます。」


少しだけまじめな顔で、ゲンヤは言う。
「この仕事はただでさえ危険な仕事だ。どうせやるなら……、長生きできるところのほうがいい。」
一瞬だけ、管理局員としてではなく、親としての顔を見せるゲンヤ。


「ええ。そのためにキッチリしごいて、一人前に仕立て上げますから。」
にっこりと笑うはやて。


「おう。よろしく頼むぜ。」
「はい。お預かりします。」


師はその弟子に想いを託し、弟子もそれに応える。


夜は更ける。
ふたりの宴はまだ始まったばかり。
これから先の波乱の前にして、ひとときの休息の出来事である。